東京三葉アーバンスタイル

橘田幸俊監修の東京三葉アーバンスタイル。ニュースや時事ネタなどを取り込んでいきます!

意思決定について

「意思決定」というとなにやら仰々しく感じてしまいますが、私達の日常から「意思決定」を排除することはできませんし、ほぼ「意思決定」の連続によって日々生活をしているといってもいいでしょう。

例えば、朝起きてどんな服を着ていくのか?靴はどれにしよう?昼ごはんは何を食べよう?など、ささいなものからビジネスにおいての強力な意思決定までを行っていかなければなりません。

企業においてこの「意思決定」とは、「経営資源とも言えるヒト・モノ・カネ、そして情報をどのように配分していくのかを決定」することが大切で、この意思決定が仕事の品質の左右することになります。

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この「意思決定」には決定までのプロセスがあり、基本的には「目的→複数のアイディア→評価」の順番に進めることになります。

まずどんな仕事においても「目標」を立てるということは基本中の基本で、そこからその目的を達成するためにどのような方法があるのか、複数のアイディアを練ります。

ここで複数のアイディアを考えるというのは、解決策の視野を広げることになりますし、それぞれのアイディアを比較検討することにより、さらにブラッシュアップできるというメリットがあります。 もちろんいいことばかりではなく、どのアイディアにするのか「意思決定」を鈍らせてしまうこともありますが・・・。

さて、その複数のアイディアなのですが、できれば最低でも3つのアイディアを作るべきで、本命、対抗、大穴というような位置づけで考えたほうがいいです。

というのも、どうしても絞り込んだ考えですと大胆なアイディアは生まれませんし、どうしてもこじんまりとしたアイディアに収まりがちです。

ですので、「大穴」ともいうべき「それは無理だろう・・・」と誰しもが思うようなアイディアも考えて置くべきです。

実際の仕事の中でも、ベストを尽くせば1番いいアイディアなんだけど、予算や人員的に無理だというようなアイディアは生まれてくるでしょうし、それらを端から除外してしまうのは勿体無い話です。

様々なアイディアと比較検討しているうちに、非現実的なことだったものが現実化することなんて、多々あるのです。

色々な資金調達の方法がある

資金調達の正攻法と言えば、株式を発行する事。

新しく会社を立ち上げる際は大きな資金が必要です。

手元にまとまった軍資金があれば、それを充てられますが、大抵の場合は株式を発行して、それで資金調達をしなければいけません。

大企業の場合、広く大勢の投資家に資金調達の連絡が出せますが、中小企業の場合、基本的に知人やビジネスパートナー相手に、株式の購入を促す戦略になります。 株券の発行で資金調達をするメリットは、ビジネスの先見性だけで投資家から多額の資金を得られる点です。 短期間で新企業の資本金を獲得でき、またどの程度、株主が集うか調べる事で、そのビジネスの将来性を占う試金石ともなります。

ただし、株券を発行して資金調達が出来る中小企業は、そう多くはありません。

家族経営

家族経営に近い地方の企業の場合、資金調達の方法は身近な人々に融資を頼むというパターンが多くなります。 これは月並みな政略だと言われていますが、リスクが低く、また顔見知りのビジネスパーソンや親戚、知人から融資を得るため、安心感があります。

またビジネスのプランが固まっていない段階でも、顔見知りであれば過去の実績や経営者個人の信用力を武器にして、素早い資金調達が可能となります。株券とは違い、配当を配る必要もなく、経営母体が小さい中小企業や個人事業主に最適です。

また融資を受けずに資金調達をするアイデアもあります。 会社の「家計簿」をチェックし、無駄な多い事情、部署やビジネスかあれば、思い切って閉鎖や縮小や売却を検討しましょう。

平凡な戦略ですが、社内の無駄を見直す事で、埋蔵金的な資金がザクザクと発掘されることがあります。 特に長年にわたって、ビジネスを営んできた企業は、大企業や中小企業に関わらず、知らず知らずのうちに無駄な部署や事情が出来上がってしまっているものです。

無駄を削減し、その浮いたお金を新規プロジェクトや新企業の立ち上げに充てれば、融資を受ける事なく、次のアクションが起こせます。

絵馬にシールって!

どうやら絵馬に記された願いごとや氏名が他人に見えないように対策を取る寺社が広がっているのだそうですよ。

まぁ、確かに個人情報ですから理解できるといえばできるのですが、これはちょっとやり過ぎではないでしょうかね??

確かに住所や連絡先を記入するのはちょっとダメだとは思いますが、願いと名前だけであれば問題ないような気がしますけどね。

誰でも自由に絵馬に書かれた内容を読むことが可能ということですから心配と言えば心配ですが、ちょっと過敏ではないかと思えます。

ところで、逮捕された経歴のある男性が、インターネットで当時の記事が検索されないよう検索結果の削除を求めたことについて、最高裁判所が、情報を社会に提供する自由よりプライバシーの保護が優先される場合には削除が認められるという初めての基準を示しましたね。

とはいえ、その男性が逮捕された事件は、社会的な関心が高いとして申し立ては退けられ、削除は認められませんでしたけどね。

「忘れられる権利」と「プライバシー保護」の基準って、本当に難しいですね。